15日、ウィーン滞在3日目。今夜はいよいよムジークフェラインでのコンサート鑑賞という一大イベントが
待ち構えている。すべては夜に向けて調整されていかねばならない。間違っても昼間の疲れで居眠りなんぞしてはならない
のである。R.シュトラウスの「ドンキホーテ」と「英雄の生涯」という超ド級ヘビープログラム、これを
何とかクリアしなければならないのだ。 いえ、もちろんすごく楽しみなんですよ、ホント。

日本でチケットは確保しており、そのコンファーム・メールをプリントしてきた。このメールと申し込んだときの
クレジットカードを、ムジークフェラインのチケット売り場に持っていけばいいとのこと。この日は明け方からずっと
雨模様だったので、昼間は美術館など室内観光を主にしようとすぐ決まったが、こちらはだいたい10時ごろから開くので
まずはチケットを引き取りに行くことにする(チケット窓口は9時から営業)。

写真は本日の朝食と、ホテルを出てすぐのところにあるウェストバンホーフ駅のそばで撮ったもの。
この駅は滞在中常に我々の行動の起点となった。




ウェストバンホーフ駅から4,5分乗っただろうか、まずはフォルクステアター駅で下車。一番目的地に近い駅はさらに乗換えが
必要なのだが、時間もあることだし、その後行く予定の美術史博物館の横を通ってぶらぶら歩いていくことにする。
幸い雨も上がったようだ。



これが美術史博物館の外観。パリのルーブル、マドリッドのプラドと並んで世界三大美術館の一つに数えられるという。
まだ開館前とあって、人影もほとんどない…と思ったら、意外なところに人影が! 中央の塔の左側、補修工事の担当者?美術館職員?
3人の男性が小さく見えたのである。思わずレンズを向けたら、ちゃんとポーズを取ってくれたので、私も手を振っておいた。

大通りに沿って歩いていくと、ポストにもお目にかかった。ウィーンの郵便ポストは黄色である。このほか、まだ開店前の店の
ショーウィンドウやら、スナップの被写体には事欠かない。下の写真の建物は17日に行くことになったシュターツオパー、
国立オペラ座である。






さて、地図と首っ引きではあったけど、無事ムジークフェラインに到着。今夜のコンサートのポスターが貼ってあったが、見れば
その上に白い紙が貼られてる!ドイツ語はわからないけど、これは間違いなく「Sold out」ということであろう。15,16両日ともにそうなので、
おそらく指揮者のメータ人気と思われる。日本で予約しておいてよかったーと、大いなる満足感&優越感に浸る我々であった。
下の写真は左の建物がムジークフェライン、右がそのチケット売り場、あとは見てのとおり。






無事チケット入手してすっかり安心した我々は、先ほどの美術史博物館に向かう…つもりだったのだが、ちょうど近くまで来たということで
ウィーン市民の台所、ナッシュマルクト(ナッシュ市場)に寄ってみることにする。公園を抜けて、まっすぐ市場の方向へと向かう。
写真右はまるで「ラピュタ」のロボットみたいな公園のオブジェ。




私が旅行したとき興味を持つのはスーパーマーケット。その土地の生活をうかがい知ることができるからだ。日本国内はもちろん
アメリカやシンガポールに行ったときにも立ち寄っている。アメリカでは冷凍食品の数に圧倒されたし、シンガポールはエスニックな
食材
そのものがとても興味深かった。ナッシュマルクトは「ウィーン市民の台所」ということで、なおさらストレートにオーストリアのそれを
見ることができるだろうと思ったし、また「ヨーロッパの市場」ということでその雰囲気・色彩に一種憧れに似た気持ちを持っていたのだが、
ナッシュマルクトは私の期待通りの色彩を見せてくれた。

この日は時間も午前中だったし、何より小雨が降ったりやんだりという状態だったので人が少なく、いわゆる「市場のにぎわい」を味わうことは
できなかったのだが、とにかく花・野菜・果物・肉・魚・チーズ・各種ピクルスやパン、ジャムなどあらゆる食材が
そろっていてその種類、量の豊富なこと!
初めて見るもの、日本のそれと形は似ているがどうも別の種類のようなもの、逆に形や大きさはかなり違うけど○○に違いない!などと、
もう私は興奮しっぱなしである。この感動は(料理をしない)男性にはわかるまい。
時間があったら、言葉が通じたら、名前はもとより調理法まで聞いてみたいところだ、いうまでもなく無理な話なのだが。






で、もちろん被写体としてもご覧の通りホントに美しく、めちゃくちゃ惹きつけられたのでとにかく撮りまくる。いや、撮りまくりたかったのだが
あいにく雨が強くなってきたので、市場の中にあるカフェに入る。

ウィーンでカフェというと、日本の喫茶店とはやや意味合いが異なるようで、ビリヤードやチェス、カードを楽しむコーナーがあったり
夕方から夜にはコンサートや詩の朗読会が開かれたりする店もあり、何より長い伝統と個性を誇る店も多いとか。
我々が入ったのは、後でケルントナー通り近くに大きな店を持つケーキ店付属のカフェ(「カフェ・コンディトライ」という)
支店とわかったが、場所柄もあってごく普通のケーキ屋さんといった雰囲気だった。
手前のいちごのいっぱい乗ったケーキが私が頼んだもの。スポンジのキメがやや粗かったが、甘すぎず満足。紅茶はなぜかティーカップではなく
ご覧のとおりの耐熱ガラスカップで、最初お湯だけ来たのかと驚いたら、ティーバッグが添えられてた。こうやって小さなお盆にワンセット
乗せてくるのがウィーン・スタイルらしい。

なお、ウィーンに来たからには「本格的カフェ」にも一度入ってみたかったのだが、結局どこにも入らず。食事に差し支えそうな時間帯だったり、
さっぱりお腹が減らずケーキでさえ食べる気がしなかったりしたためである(どっちかというと後者が多い)。
ちなみに、このケーキは結局我々の昼食代わりとなってしまった。きちんとした食事をとらなきゃいけないと思いつつ…。




さて、一休みしたことだし、カラヤン・ハウスというカラヤンのCDやらDVDやらを集めた店をちょっとのぞいてから本日の
もう一つのメインポイント、美術史博物館へと向かう。

前に述べたようにここは世界三大美術館の一つだが、入るなりその建物のスケールに圧倒された。
とにかくすごい。すごいという言葉しか浮かばない自分が情けないが、大きさ、豪華さ、規模…アメリカのスミソニアン
博物館群
を見たときも感動したけれど、歴史の重みが加わるとまた違う感動がある。
この建物は1871年〜1891年、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の時代に数百年におよぶハプスブルグ家代々の膨大な
コレクション
を収蔵するために金に糸目をつけず建てられたものだという。現在はそのコレクションを中心に絵画、古代エジプトやローマ
・ギリシャの美術品・工芸品など実に約40万点に及ぶ収蔵品があるとのこと。うーん、想像を絶する…。

写真はエントランス・ホールと、そのホールを写真右手方向に階段を上った踊り場を、さらにその上の階から見下ろして撮ったもの。




アメリカでの経験から、こういう場所では時間を食うということはわかりきっていたので、しっかりゆとりを持って回ろうと
この日午後は他に何も予定を入れてなかったのだが、それでも甘かったことにすぐ気づいた。
当然ながら日本語でははなく英語とドイツ語の説明が添えられているのだが、わからないなりについ英語を読んで
少しでも理解しようとするため、一箇所に予想以上に時間がかかるのである。
写真もフラッシュをたかなければOKだったので、あれも撮りたいこれも撮りたい状態のまま英語を読み、実物ももちろん鑑賞しなくてはと
自分の目で眺め…最初の古代エジプトコレクションを回り終えたころにはかなりくたくたになった。




次にこの美術館の目玉ともいえる絵画のコーナーへ。美術の教科書で見たような名画中の名画が多数飾られている
のである。
入ってすぐ、二つ目の部屋でまずブリューゲルの作品を何点か見つけ、釘付けになる。「農民の婚礼」「雪中の狩人」「バベルの塔」
「子供の遊び」の4点だが、おお、これが実物か!
「農民の婚礼」と「雪中の狩人」は特に好きな絵だが、その前でせっせと模写中の女性が1人いた。なるほど、こうやって勉強するのね。
うまさに感心しつつ、そっとシャッターを切らせていただく。

また、ここで私が楽しみにしていたもう1つの絵は、ベラスケスの「王女マルガリータ」の肖像である。
子供の頃、祖母が小学館の全50巻の子供向け文学全集を毎月1冊ずつ揃えてくれていて、すごく楽しみにしていたのだが、その
表紙が毎回世界の名画になっていた。で、第1回配本の表紙が「王女マルガリータ」だったのである。
繰り返し眺めていたのでいつのまにか刷り込まれたらしく、私がいわゆる「名画」を一応ひととおり知ることが
できたのはまさにこの全集のおかげといってよい。祖母に感謝。




さて、この中に何時間いたのか…さすがに最後には二人とも「もう絵も彫刻もおなかいっぱい」という状態になったが、
もう一つ、美術史博物館と道路を隔てた隣の新王宮(Neue Burg)古楽器コレクションがあるというので、これは
やっぱり行かなくちゃ、とかなり重たくなった足を運ぶ。

こちらは狩猟・武器部門のコレクションと古楽器の数々が展示されており、さらに古代ギリシャの都市エフェソスから
出土した品々が並べられていたが、人影もまばら、館内も暗め(展示物を傷めないための配慮と思うが)でかなり寂しい感じ。
そうでなくてもいいかげんくたびれてテンションの下がっていた我々は、古楽器のコーナーを一巡するのがやっと
早々に退散してしまった。展示物一つ一つはもちろん興味深かったのだが、もっと元気のあるときに来ないとね。かなりもったいない
ことをしたという気がするが、もうどうにもならなかった。
下の建物が新王宮の外観である。





この後、コンサートは7時半からなのでまだしばらく時間があったが、いったんホテルに戻って着替えなくてはならないし
そもそもぶらつく元気はもう残ってない。ということで、ホテルにまっすぐ帰った我々はしばしベッドでひっくり返って休息…というか、
完全に1時間ほど眠ってしまったようだ。

さて、いよいよ「いざ、ムジークフェライン!」の時が来た。時は今雨のぱらつくウィーンかな(やや字余り)
ちょっと眠ったものの、何となくだるい感じは取れないままホテルを出たのだが、いざかのホールに着いてみると…
これがムジークフェライン!!ということで、いっぺんに元気回復。ゲンキンな私である。

目立つうえに雰囲気のそぐわないE-1はお留守番、エクシを持っていったのだが正直撮っていいものかどうか
ちょっと心配だった。だが周りを見回せばあっちでもこっちでもフラッシュが光ってる。そうか、演奏中でなければ
いいのね。そうなりゃ遠慮は無用と、もうあちこちに向け撮りまくる。いえ、私はフラッシュは使いませんよ。




ニューイヤー・コンサートを始め、古くはレコードのジャケットなどで今まで何度となく目にしてきたおなじみのホールだが、
実際にそこに身を置くことができたというのはまさに感動以外の何ものでもない。きらびやかな金色の色彩もその
歴史ゆえかどこか落ち着いた光に包まれているように見える。古くはブラームスやマーラー、ブルックナーも自作の初演を
ここで行い、またカラヤン・フルトヴェングラー・ベーム・バーンスタインなど世界の巨匠たちがここのステージでタクトを振るった、
世界最高の響きを誇るというこのホール。ついにここに実際に来ることができたなんて!

ところで、意外だったのが譜面台や椅子の粗末なこと。いったいいつから使っているのか知らないが、譜面台は
木製であちこち塗りがはげており、椅子も日本の安食堂で使っているようなシンプルきわまりないもの。これは客席も同じで、
中央の作りつけの椅子は日本のホールでもよく見かける折りたたみ式のものだが、両脇のボックス席(パルテッレ・ロージェという。
我々はここだった)の椅子も同じくシンプルでしかも小さい。この国の方々はこの大きさで大丈夫なんだろうか?と心配になるほど
だった。
(ちなみに美術史美術館に置いてある休憩用のソファはかなり座面の奥行きがあり、私など深くかけると足が浮いてしまう状態
だった。なるほどこちらサイズなのねと納得してた次第)

もっとも、ダンナに言わせるとそれは「粗末」なのではなく「伝統」なのではないかと。完全にぐらぐらして壊れてる
ならともかく、もしかしたらブラームスの初演の楽譜を載せた譜面台なのかもしれないではないか。なるほど。

この日のプログラムはリヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」と「英雄の生涯」。この2本立てときたら、
日本ではまず足を運ばなかっただろう。それほど重厚長大なプログラムである。
昼間の疲れもあり、ちゃんと聴きおおせるか実はちょっと不安だったのだが、いざ始まったらあまりその「重さ」は気にならなかった。
前半の「ドン・キホーテ」は一瞬眠いときはあったものの、独奏チェロの響きがすばらしくなかなかよかった。そして
休憩後の「英雄の生涯」、これは熱演ですっかり引き込まれた。冒頭の低弦とブラスによるテーマ、ここの迫力といったら!
バンダ(舞台裏で演奏すること)のトランペットの響きも本当に美しかったし、ヴァイオリンソロもまた本当にすばらしかった。
ダンナはやはり管楽器に耳がいくようで、特にオーボエが印象的だったと言っていた。この後半の演奏がさほど長く感じられなかった
のは、自分でも意外なことである。



こっちを向いてヴァイオリンを弾いているのがコンマス氏。休憩時間に一生懸命ソロの練習をしていた。日本のホールでは
ありえないことだが、団員の舞台への出入り口が観客のボックス席の出入り口のすぐ隣で、演奏中でなければ
そこから観客も自由にステージをのぞくことができるのである。左の写真は、休憩時間にそうやって撮ったもの。
アングル的に非常に貴重だと、本人大満足の1枚である。

なお、この写真からステージ上の過密ぶりをうかがうことができる。写真左のほうのひな壇のいす、後ろの脚が短くなって
いるのにお気づきだろうか。上段の奏者からすると、譜面台のすぐ隣に人の頭が並んでいることになるのである。
今回のような大編成の曲だとなかなかスペース確保が大変だと、ちょっぴり同情したくなった次第。狭いところで弾く苦労は
私もよーく知っている。



すばらしい熱演に拍手が鳴りやまなかったが、この日のアンコールはなし。メータが何度も出てきてはにこやかに
お辞儀を繰り返していた。

ここムジークフェラインにも一応ショップはあったが、あまりこれといったグッズはなく、何も買わず。一つ残念なのは
プログラムを買い損ねたこと。終演後一生懸命探したのだが、もう売っていなかった。
ホールの人波はあっという間に引いてしまい、見る間にエントランスも人影まばらに。が、めげずに残ってシャッターを
切り続ける私である。



この楽友協会会館は建てられてすでに120年余り経過しているらしい。美術史博物館のような華麗さはなかったが
先ほどのホール(ゴールデンザール)といい、エントランス・ホールの天井など十分に美しく、もっと長い時間
眺めていたかった。

ところで、この日我々が口にしたのは朝食以外では昼間ナッシュマルクトのカフェで食べたケーキだけ。だが
不思議なほど空腹感はなく、とても普通のレストランなど行く気がしない。しかも時間はすでに10時近く、
駅にあるパン屋に立ち寄りサンドイッチとクロワッサンを買ってホテルに戻った。

さて、明日はいよいよウィーン郊外まで足を伸ばすことになっている。ヴァッハウ渓谷のドナウ・クルーズである。
地下鉄はすっかり慣れたが、国鉄に乗るのはまた初めて。日本でさんざん調べてきたので比較的安心感は
あるが、さて、どうなるか…?


16日へ→

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