22日、いよいよ今日はウィーンへの移動の日だ。 列車の時刻や経路の把握、さらに席の確保まですべて抜かりは
ないはずだけど、とにかく初めての経験である。 何もありませんように、と祈りつつチェックアウトをすませ、駅に向かう。
 前にも書いたが、最初の関門は超高速のエスカレーターである。彼が大きいほうのスーツケースを、私が
小さいキャリーバッグとトートバッグを担当、エスカレーターの前に立ってタイミングを計って…無事乗れた。笑い話みたいだが
万一こんな大きな荷物を持ってコケたら怪我は自分たちだけではすまない、えらいことなのだ。ちなみに地下鉄も
発車時の加速と停車時の減速がホントに急で、私は最後まで慣れることができなかった。

 さて、国際列車の出るプラハ本駅に到着し、まずあらためて列車のホームを確認する。ちょっと見にくいが表示板の一番下に
「75 WIEN」とあるのがおわかりだろうか。 このときの時間は9時25分、列車は10時1分発ということで、昼食用のサンドイッチを
買った後、プラハもこれで見納めと駅構内をスナップする。自転車を押している人が駅構内を普通に歩いているのがヨーロッパらしいと
言うべきか。たいていの列車にちゃんと自転車専用の車両があって、自転車旅行をしている人がとにかく多いのである。

 



 
 時間が迫ってきたので、ホームに向かう。ところで、今回我々が利用するユーレイルパスは一等車用なのだが、いざホームに上がって
みてもその一等車がどのへんに止まるのかさっぱりわからない。日本の駅なら「○○号○号車」など細かくそれぞれの停車位置が
示してあるのだが、そういう表示が一切ないのだ。また、指定席を確保したものの自由席の車両と指定席は別なのか一緒なのか、
一等車はそもそも何両あるのかなどもわからない。ホームをうろうろして、かろうじて各列車の車両案内図らしきものを見つけたのだが
我々が今から乗る列車は載っていない。 もー、やっぱりプラハだぁ!

 


 そうこうしているうちに、列車が入ってきた。見たら車両の外側に大きく「1」「2」などと書いてある。間違いなく一等車、二等車の表示だ。



 で、一等車…一番前じゃん! ホーム中ほどにいた我々はあわてて前のほうに移動する。時間はまだあるのでそんなにあせる
必要はなかったが、見れば一等車は10両以上ある(たぶん)車両のうちわずか1両しかない。これはその後ウィーンから
ハルシュタットを往復したときもそうだった。こちらでは列車といえば大半が二等車らしい。もっとも、二等といってもそう激しく落差が
あるわけではなく十分きれいだったけれど。
 
 で、指定席と自由席の区別はどうしているのだろうと思ったら、席を予約した場合(つまりそれが指定席)、座席番号の表示のところに
黄色い小さな紙で印がつく。番号にプラスチックの透明なカバーがついていて、黄色い紙を差し込むようになっているのだ。つまり、
その紙がないところが「自由席」というわけで、一つの車両の中に指定席と自由席が混在しているわけである。なるほどねえ。
「指定席」というより「予約席」と言ったほうがいいのかもしれない。

 車両の中は座席が3列に並んでいる。写真の左側が2列、右側が1列で、我々はこの1列側に二人向かい合って座ることになった。
大きめのテーブルが間にあってなかなか快適だ。テーブルの上にはドイツ語の新聞が乗っていた。

 


 しばらくするとウェイターさん?がメニュー持参で注文を取りに来た。なるほど、きっとこれが一等席用サービスなのだろう。ちなみに
車内販売はない。隣の席の熟年グループが注文したのを見たら、飲み物ばかりではなく普通に盛り付けられた料理も届け
られていた。この列車には食堂車があり、そこから「出前」してくれているらしい。



 
 我々はといえば、すでにプラハの駅でサンドイッチを調達済みだったので、ひたすら車窓の景色鑑賞に徹する。大きな駅もいくつか
通過したが、田園風景のほうが断然趣がある。眺めていると、例によって交響曲「新世界より」第二楽章のあの有名な
イングリッシュホルンのソロ(「遠き山に日は落ちて…」とキャンプファイヤー定番になっているあれ)が耳元で鳴り始める。たぶん
映画「銀河鉄道の夜」のワンシーンからの連想だと思うのだが、目の前の風景はまさにその作曲者ドヴォルザークの祖国の
ものである、と思うといっそうその旋律がはっきり聴こえてくる。
 
 我ながら「単純」な気もするが、目の前の風景は本当にそういう旋律が似合うのだ。あの音楽は「ここ」で生まれたものなのだなあと、
しみじみ実感した(「新世界より」はその後も車窓の風景を眺めていると旋律が次から次へと湧き上がって尽きることがなかった)。
 では、その車窓からの風景を何枚か。左下の写真は例の「落書き」のある車両だが、この落書きはかなりアーティスティックなもの
だったので、思わずレンズを向けてしまった。

 

 


 ところで、今回の旅行、プラハ〜ウィーンが約4時間半、ウィーン〜ハルシュッタットが約4時間と列車での移動時間が長い。車窓の風景は
もちろん楽しみだけれどそれだけでは退屈かもしれないと、私は小さな色紙(いろがみ)を持参していた。子供がいたら折ってあげたいなとも
思っていたのである。

 乗って2時間半くらいしたところで折り始めた。久しぶりの折り紙、どこまで覚えているかな…とちょっと考えながら。鶴などは大丈夫だけど
ちょっと難しい百合の花。百合といっても花びらは4枚しかないけど。 これは花びらの曲げ方によって百合になったりアヤメになったりする。
 折り始めると結構楽しい。うん、覚えてる、大丈夫!などとひとりごちながらいろいろと5つ6つほど折っただろうか。ふいに横に人の気配を
感じたと思ったら、斜め後ろに座っていた60過ぎくらいの女性(ニュージーランドからの観光グループと後でわかった)が話しかけてきた。

 すてきだとほめてくれるので嬉しくなって一つずつ説明、「これは鶴(crane)、do you know crane?」と聞いたら、彼女は大きくうなずいて
羽ばたくマネをしたので思わずにっこり。百合の花をあやめといおうか一瞬迷ったけれど、面倒なので「This is lily.」と説明したら、pretty!と
えらく感心してくれた。やっこさんはそれこそなんと言ったらいいのか困ったが、「man」の一言ですませてしまった。後で彼が
ショーグンの家来、って言ったらいいんじゃないか、などと言ってたけれど、ショーグンってニュージーランドの人にも通じるんだろうか。
 
 それらの作品は、持ち運びが面倒でかえって迷惑かな…と思いつつ、降りるきわに気に入ってくださったのならプレゼントしますよ、とそっくり
さしあげたが、とっても喜んでくれたので嬉しかった。今度はもっとちゃんと説明できるようにしてこよう。画像は製作直後の様子である。



 4時間半ほどの列車の旅はさほど退屈せずに終わり、無事ウィーン南駅(ズードゥバンホーフ)に到着。列車で国境を越えると
いうのはもちろん初めての経験だったが、パスポートなどどうやって確認するんだろう…と思っていたら、ちゃんとイミグレーションの
担当官が到着前にやってきた。拳銃を携えており、見ているだけで緊張する。写真を撮ってみたかったけど、とてもじゃないが
そんな雰囲気ではなかった(たぶんこういう方たちは撮影禁止だと思う)。

 というのはさておき、列車を降りた我々はまず翌日のハルシュタット行き列車の指定席獲得、というか席の予約をしようと
窓口に行く。やはり席を確保してある安心感はかえがたいものがあったためだ。ところが、並んでいたところ窓口の若い女性が
どうもヘン。まだ見習い? とにかく時間はかかるし、我々の前でチケットを買おうとしていた女性は渡されたものを見るなり
天を仰いでため息ついたと思ったら、なにやら猛然とまくしたてはじめる。挙句に奥から年配の男性が現れ、その見習い?嬢に
代わってあれこれPCの画面に向かって打ち込んで…どうやら無事終了。
 
 で、我々の番になり、これなら間違いなかろうと、乗る予定の列車の時刻や途中停車駅を例によってOBB(オーストリア国鉄)の
HPからプリントアウトしたものに日付とreservation seatが2つ欲しい旨を英語でメモした紙を渡した。が。いざ渡されたチケットを見たら、
一等席ではなく二等席用だった! もちろんちゃんと一等席用のユーレイルパスを示したのに、である。

 この見習い嬢、やっぱりアカン…すでにだいぶ時間がかかっている。実は我々のオケを去年まで何度か振っていただいたHさん、
現在ウィーン留学中なので、旅行前に連絡をとってこの日に会う約束をしていた。今からホテルに荷物を置いて彼女に連絡を取るまで
まだだいぶかかりそうだ。もう気が気ではなかったが、このままではシャクである。しかたなくもう一度列に並びなおし、チケットを
一等席用に交換してもらう。 先ほど見習い嬢の助っ人に出てきていた年配の男性、結局ずっとそのままそこにいたようだ。

 さー、それじゃ急げ!地下鉄はどこ? ウィーンの地下鉄の様子はよくわかっている。もう迷う心配はないから…と思ったら、
あれ?地下鉄の表示がないよ? 市電やらバスやらの案内はちゃんとあるのに。 二人であっちにうろうろこっちにうろうろ、
もう一度ガイドブックをよく見たら…なんと、ズードゥバンホーフには地下鉄はなかった。 前の旅行で利用したウェストバンホーフは
国際列車の到着駅であると同時に地下鉄もある。それといつのまにか混同してしまっていたらしい。

 じゃ、トラム(路面電車)にしよう。このほうが乗り換えなくてすむし。だけどチケットはどこで買えばいいの? ここでまたしばらく
右往左往、結局市電乗り場でチケットの売り場を人に聞いてやっと入手した。疲れた…。 時間はこの間もどんどん過ぎて、Hさんに
知らせた到着時刻をかなり過ぎてしまっている。 早く電車、来て! 

 トラムはフランツ・ヨーゼフ駅で下車(乗っている時間もすごく長く感じた)。ここでまたまたすぐそばにあるはずのホテルがわからず、
通りかかった男性に聞いたところ、この人が親切に案内してくれてやっとこさたどりつくことができた。ウィーン到着以来ここまでの写真がない
ことからも、我々の混乱振りを想像されたし。

 荷物を置いて着替えてからHさんに電話し、待ち合わせ場所に急ぐ。この日はムジーク・フェラインでのコンサートも行くことになっていた
ため、その前に買い物もしなければならない。ここまでいろいろあると、うまく会えるかどうかも不安になりかけていたけど
Hさんとの再会は無事に果たすことができた。8月末〜9月初めに一時帰国中のHさんがうちのオケの指導に2回ほど来てくれていたので
そんなに「久しぶり」というわけではなかったけれど、夢に向かって勉強中の彼女をここウィーンの地で見る、というのはなんだか
感無量といった気分である。

 彼女の案内で、ウィーンでは初めてバスに乗る。地下鉄とトラムはわかりやすいので前もよく利用したけれど、バスはどうも
勝手がわからないのでまったく乗っていなかった。 そうしたら、繁華街のど真ん中にまで乗り入れていくことにびっくり。
慣れたら使い勝手がいいんだろうなあ、でもその前にまずドイツ語の不安がなくならないと…私は何度訪れても無縁に終わりそうだ。
 久しぶりに訪れたケルントナー通り、歩きながらやっとここで2,3枚だけシャッターを押すゆとりができた。ここでも
早々とハロウィン向けのかぼちゃが並んでいる。手前にあるリースが前に見たものと同じなのがなんだか懐かしい。




 我がオケの長老に頼まれていた楽譜をドゥブリンガー(楽譜店)で無事GETしてから(あらかじめ彼女を通じて取り置きを頼んで
おいたのでこれはスムーズにいった。Hさん、ほんとにありがとう!)ムジークフェラインへと向かう。ところが、ここでまたまた予想外の
出来事が。
 前回同様、日本でムジークフェラインの会員手続きをしてオンライン予約をしておき、そのコンファームメールのプリントを持っていった
のだが、それを示してもなかなかチケットが出てこない。係りの人があっちこっちの引き出しをひっくりかえしたりパソコンの画面に
向かったり…で、やっと渡されたチケットが1枚だけ。え〜っ??
 
 あらためてメールを見たら、チケットは確かに1枚と示されているではないか。2枚予約したつもりが、なんでこんなことに?! だが、
これはどう考えても我々の予約ミスに違いない。仕方ないのでもう1枚その場で購入したが、予想外の出費に少々げんなり。いや、
チケットが確保できただけでもラッキーだったかな。その日が前回みたいにSold outじゃなくてホントによかった。

 かくしてやっとコンサートの開演を待つばかりとなり、立見席で自分も聞くという彼女と一緒にムジークフェラインの隣のホテルの
カフェに入り、ウィーンでの話をいろいろ聞かせてもらう。いろいろ心細いこと、大変なこともあるだろうに、笑顔で
淡々と語る様子を見ていると、軽々と生活を楽しんでいるようにしか見えず、ただ感心するばかり。日本で半年振りに再会した
ときも思ったけれど、なんとなくひと回り大きくたくましくなったような印象が頼もしい限りだ。伸び盛りの勢いって本当にすごい。
がんばってね。これからも本当に楽しみにしてますから。

 そして時は移り、いよいよムジークフェラインへ。前回はとにかく朝からリキが入っていたが、二度目ともなるとさすがに
そこまでの緊張や高揚感はない。ということで、写真もほとんどナシ。彼と席が離れてしまったために一人でやたらカメラを
構えるのは気がひけたという事情もあるが。これは開演前に撮ったもので、ちらりと誰かの姿が…。



 この日のプログラムはシュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)にジョルジュ・プレートルの指揮という
組み合わせで、曲目はバルトークのオケコン(オーケストラのための協奏曲)とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」である。
バルトークは正直私はあまり好きではないのだが、この日の演奏はなかなか興味深かった。バルトークの「土臭さ」、民俗色が
あまり感じられずに非常に美しく「整って」いるのだ。ドビュッシーやラヴェルの響きを連想してしまった、とは彼の弁である。
(ちなみにプレートルはフランス人)

 また、「英雄」はその美しさを保ったままとにかくエネルギッシュ、特に弦楽器が。後ろの方で弾いている人まで、こちらが
思わず目を見張るほど精力的に弓を動かして、しかもガリガリしていない。冒頭、よくあれでスタートできたねと後で3人で
言い合ったほどよくわからない棒で始まったのにはどっきりさせられたけど、乱れは一切なし。おん年82歳のプレートル、
恥ずかしながら私は彼をこの日まで知らなかったのだが、とてもそんな年を感じさせないこれまた非常にエネルギッシュな
指揮ぶりだ。ほんとにすばらしかった。 

 そしてさらに驚かされたのがアンコール、「スラブ舞曲」に「アルルの女」ファランドールというかなりヘビーな曲の2本立て!
盛り上がることではこのうえないが、管の方々はかなりきつかったのではないだろうか。いや、弦だってあのエネルギッシュな
弾きぶりをそのまま最後まで保ち続けたのだから、もう「信ジラレナーイ」!

 ただ、最後に残念な出来事が。拍手にこたえてにこやかにあいさつしていたプレートルに向かって、客席最前列の真ん中、
まさに指揮台の真下からいきなり一眼レフの大きなレンズを向けた男性がいたのだ。フラッシュはたいてなかったようなので
おそらくレンズに天井の照明が反射したのではないだろうか、プレートルが一瞬よろけて後ずさりしたのである。
彼は怒ってすごい形相でその男性をにらみつけ、何か言っていたようだが、これには本当に驚かされた。

 客席のあちこちでフラッシュは光っていたけれど、これはひどすぎる。Hさんに聞いたところによると、オペラの際、上演中に
携帯のカメラで撮ったお客がいて、ものすごい勢いで周りから怒られていたとか。そういえば開演前、団員がステージに出てくる前に
いわゆる「予鈴」ではなく携帯の着信音がそのまま流れてきて、これはきっと携帯の電源をお切りくださいという意味だなと
合点していたのだが、2年前に来たときにはこれはなかったはず。マナーがそれだけ悪くなってきたというべきか。私も
気をつけなくては…。

 さて、これで本日の予定はすべて終了した。前回買いそびれたプログラムも今回は無事GET、明日はザルツカンマーグートへ
出発だ。今日もまたまたアクシデントの多い日だったが、そろそろ打ち止めにしてもらいたいものだ。 Hさんとはあさっての晩、
ウィーン最後の夜をもう一度一緒に過ごす約束をして別れた。 Hさんが「日曜まではお天気大丈夫ですよ」と教えてくれたけど、
どうか当たりますように! 



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